ー ORDINARY ー

※ 登場人物はすべてフィクションです。車と楽器とフィクションに塗れた会社員の日常を、のんべんだらりと書き綴っています。

コペンローブ、鳥取砂丘から出雲大社に行く。

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7:00頃起床。夜のうちに雨がパラついていましたが、ありがたいことに朝には止んでいました。キャンプ用具を撤収して、鳥取砂丘の散策に出発します。


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鳥取砂丘。天気に恵まれたことを今日ほど感謝した日はそうありません。

 

中国山地の岩石が風化し、川を伝って海に流れ、潮流と風で吹き戻されて形成された海岸砂丘とのこと。南北2,400m, 東西16,000m。丘の最大高低差は90mにも及ぶ、結構な迫力の景観です。


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馬の背。砂に足が取られるので、登り切るのに体力がいります。


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展望。絶景。海が青い…。


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遮るものが何もないので風が強いです。砂が流れて風紋が刻まれていくのを眺めていると、あっという間に時間が吹っ飛びます。


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少し下って、丘を真横から見上げます。海風が気持ちいい。


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山下達郎が聴こえてきそうです。

 

 

絶景を堪能した後は、今日も今日とて長距離ランです。本日の行き先は、本旅行の最終目的地、神々の住まう地こと島根県出雲大社です。

 

鳥取砂丘から出雲大社までは直線距離では200kmもないですが、この日は寄り道として、内陸に入って大山を走ります。

 

鳥取砂丘から国道9号線を海沿いに走り、北条倉吉道路で内陸へ南下。大山環状道路に合流し、山の南側へ。


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大山(だいせん)。

 

標高1,729m。中国地方の最高峰。シルエットがきれいな三角形で、『出雲富士』とも称される、所謂『郷土富士』の一つです。山の写真を撮り損ねたので道中の適当な駐車場での写真ですが、気になった方はぜひ検索してみてください。綺麗な形をしてます。

 

隣の蒜山(ひるぜん)もそうですが、なぜ『山』を『せん』や『ぜん』と読むのかと気になって調べてみたところ、面白いページに行き当たりました。国立国会図書館のレファレンス共同データベース。比較的多く寄せられる質問に対する回答と、その参考資料を提示しているデータベースだそうです。こんなものがあったのか…。

 

https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000126610

 

曰く、『山』を『せん』『ぜん』と読むのは音読みの一つである『呉音読み』にあたり、仏教用語によく用いられることから、仏教・山岳信仰に関係があり得る。同じ読み方をする山はそのほとんどが鳥取県岡山県島根県などの中国地方に集中している、とのことです。出雲地方は、仏教というより神道が強そうだと思っていたのですが、調べてみるといろいろ歴史がありそうです。

 

話がズレましたが、大山環状道路、眺望のよい快走路でした。また走りたい。


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12:30頃、コモレビト・サンセットカフェで昼食をかき込みます。タコライス。このカフェ、大山環状道路を東から西に半円状に走り抜け、米子大山線に逸れるところに位置しており、アクセスが良いです。

 

 

米子ジャンクションから山陰道へ乗り、終点出雲インターまで突っ走ります。

 

下道に降りてから国道431号線で市街地を抜けて、最後の目的地、出雲大社へ到着しました。


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16:30頃。若者がやたら多かったです。縁結びの由来があるからか?


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出雲大社。創建は神代とも言われる日本最強格の神社です。

 

祭神は国造りの神の大国主神。成り立ちは古事記の国造りの説話に由来します。

 

スサノオの子孫・大国主(おおくにぬし)が少名毘古那(すくなびこな)と協力して、国津神(くにつかみ)による葦原中国の平定、所謂『国造り』を達するも、天津神(あまつかみ)が住まう高天原天照大神から「その国よこせ」と脅迫され、武闘派の建御雷神(たけみかづち・鹿島神宮の祭神)と、経津主神(ふつぬしのかみ・香取神宮の祭神・布都御魂の剣の神格説あり)が送り込まれ、諸々の末に『国譲り』が決定。

 

大国主は「自分が隠れる空高く届く立派な宮を作ってくれ」と要求し、天照大神側は了承。『多芸志(たぎし)の浜』に『天之御舎(あめのみあらか)』が造られ、大国主はそこに隠居して祀られた、これが出雲大社の起源とされます。

 

『天之御舎(あめのみあらか)』がそのまま出雲大社を指すとはならないとする説は多く、実際の創建は3,4世紀頃ともされていますが、後述の古代出雲歴史博物館にも展示があるように、2000年、「超太い柱の跡」が出雲大社の境内から発掘されています。

 

https://www.kokugakuin.ac.jp/article/53888

 

明らかにここに「超太い柱の跡」が必要なだけのバカ高い建物が在った、ということがにわかに現実味を帯びてきたということです。

 

天津神国津神の戦闘と対話」と、「大国主の国譲りの決断」と、「空高く届く宮への隠居」は古事記の神代章における説話ですが、その他祭祀の発掘物がゴロゴロと出ていることから、「ヤマト王権と出雲勢力のやりとりの結果、敗退した出雲勢力の慰安として(またはそれを口実とした労役として)超高い神殿が建って祭事が行われていた」「それがのちに古事記日本書紀の説話として編纂された」が現在の主な説のようです。

 

国文学科出身のもので、こういう歴史を調べ始めるとおもしろくなってしまいます。授業真面目に受けときゃよかった。


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交通安全御祓所。帰路の安全を祈ります。


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拝殿。本殿は当然入れませんが写真も撮り損ねました。

 

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おみくじと、コペンに積んどく用の交通安全のお守りと、会社の後輩に依頼された縁結びのお守りを購入。会社の後輩からは後に晴明神社のお守りをもらいました。


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前述の、古代出雲歴史博物館。発掘されたスギの柱や、勾玉や剣などの祭事品、そこから想像される創建当時の出雲大社(というより天之御舎?)の復元模型などが展示されています。日本全国の国文学者のゴリゴリの研究対象ということもあり、ここだけで半日潰せるレベル。

 

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ポケモン Don’t GO。


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神社近辺の山々はやっぱり独特の荘厳さがある気がします。


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サンキュー出雲大社

 

 

帰路に着く前に、稲佐の浜に立ち寄ります。


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遠くに来たなあという感じ。缶コーヒー買って、小一時間ぼーっとして過ごします。


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さよなら出雲。

 

 

今回のオチとしては、到着後、出雲大社と博物館と浜辺でのんびりし過ぎたせいで、夕飯を買い損ねたことです。土産屋から飯屋までどこも閉まってしまった。

 

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出雲仕様のローソン。仕方がないのでここでパスタ買ってコペンの運転席で貪り食いました。どこ食ってもコンビニパスタはうまいです。

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帰路へ。


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食い足りなかったので宍戸湖サービスエリアで夕飯。キムチ豚丼


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兵庫県西宮名塩サービスエリアで仮眠。起きたら朝でした。


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途中も休み休み、途中サービスエリアで昼寝も交えながらのんびり走って、新東名よ駿河湾沼津サービスエリアで夕食。帰り着いたのは21:00過ぎでした。


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総走行距離1,953km。5日間の旅程でした。

 

 

今回の旅行は、自分にしては珍しくがっつり『観光』したなあと思います。

 

おかげでその土地や歴史やら何やら調べるきっかけになりました。北陸と山陰はほぼ行ったこともなかったし、そのせいか距離の問題以上に『遠くに来た』感覚が強かったのが印象的でした。出雲なんて神話や土地だしね。シャーマンキングファイブスター物語を思い出してました。

 

逆に、「ろくにうまいもんが食えなかった」のご心残りです。北海道もそうですが、一番うまかったのかキャンプでの出前一丁ウィンナーラーメンという。

 

寿司の一人前二人前くらいは平らげる気満々で出たにも関わらずこのざまだったので、次に遠出するときは「何を食おうか狙いを定めておく」ことを心に決めた次第です。この決意は2019年の東北マグロ旅行で結実することになります。

 

お疲れさまでした。さらば2017年の夏。