ー ORDINARY ー

※ 登場人物はすべてフィクションです。車と楽器とフィクションに塗れた会社員の日常を、のんべんだらりと書き綴っています。

梁井・新山、アルピナを買う。その1。

購入記です。

 

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「あのM3、まだ売れてないみたいだよ」「へえ」という会話を交わしたことが、記憶を遡る限り、『アルピナを買う』という暴挙に至った一番最初のきっかけであったと思われます。


2022年6月19日、友人・新山のサファリに乗って、栃木県小山市に蕎麦を食べに行った帰路でのことでした。

 


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※小山の蕎麦屋、 『日の本家』。大根そばとは栃木の郷土料理で、大根の千切りでボリュームアップしたもりそばのことです。蕎麦の喉越しと大根のザクザクとした食感が激うまでした


茶店に寄ってコーヒーをしばきながら、私が「コペンの後継を考えている」「外装がシックな車がいい」「長距離が楽で、排気量がデカイとなおいい」みたいなことを話していると、新山がスマホをスッスッと弄って画面を見せてきました。冒頭のセリフはそのときのものです。


家の近所にあるBMW専門ショップの在庫車一覧ページです。その中に、E92型のM3クーペが載っていました。


左ハンドルの6速マニュアルで、サンルーフ付き。走行距離110,000km。たしか300万円ちょっとだったと思います。以前、「結構安いね」と話題に上がった記憶があります。


「どう?」

「どうって……。おれ『外装が大人しい車がいい』って言ったんだけど」

「え? これダメなの?」


ダメではないのですが、いささか見た目が凶悪過ぎます。


新山さんは「信じられない」という目を向けて、


「M3だぜ? しかもこれV8のNAエンジンだぜ? 4.0Lで、大排気量だから低回転域でも余裕あるし、クルコン付だから高速巡航もお手のもの。オートマ感覚の気楽さと、マニュアルの楽しさ、どっちも手に入る。しかもサンルーフ付き! こんなん、この値段で絶対出てこないよ!」


軽量なカーボンルーフが強みの1つであるM3にとって、スポーツ走行を意識した左のマニュアルなのにサンルーフ付き、しかもクーペという出物は、たしかに珍しい気がします。


相場より低い値段は走行距離に依るものでしょうし、買えばメンテにそこそこの金がかかるお年頃であることは予想してしかるべきですが、昨今の「乗れるうち 乗っておくべき ガソリン車(大排気量NA)」という世情からすれば、おそらく丁寧に乗っていけば価値は下がらず、下手すれば高騰する可能性まであります。


……という話を、コーヒーも冷めやらんうちに捲し立てる新山氏。どっちが車を探しているのかわかったもんじゃありません。


「すごい熱量だね」

「まあ、その、フーガを買ったくらいの値段でこれが買えたのかと思うと、少しね」

 

シルビアからフーガに乗り換えた当時のことに思いを馳せます。新山曰く、「あのときはマニュアルのクーペには目も向かなかった」とか。それならシルビアから乗り換える意味ないじゃん、というのが理由です。シルビアサンバーフーガサファリB3(6MT)という流れは、彼にとって必要な遠回りだったのでしょう。


ともあれ、言い知れぬ圧力を感じた私は、ついに禁断の言葉を口にしました。


「……ちょっとだけ見に行ってみる?」

「お! いいね!」


嬉々としてコーヒーを飲み干す新山氏。訓練途中で今すぐ戦場に行けと言われた新兵のような気持ちになる私。


これがすべての始まりでありました。


おそらくこの発言がなければ、私は今でもコペンに乗っていたと思います。



E92型のM3を間近で見たのはこの時が初めてでしたが、いかにも「でけえエンジン積んでます」と言わんばかりのボンネットの盛り上がりと踏ん張りの効いたフェンダーの張り出しが相当に凶悪で、「これはヤバイ車である」という空気が写真より濃密に伝わってきました。正直な話、実写を見た私の第一印象は「怖い」でした。


BMW M3 クーペ(E92型6MT)

 

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エンジン: S65B40A V型8気筒

ボディサイズ:全長 4,620 × 全幅 1,805 × 全高 1,425 mm

ホイールベース: 2,760mm

トレッド:前/後 1,540/1,540mm

タイヤサイズ:245/40R18 / 265/40R18

車重:1,630kg

最高出力:420ps/8,400rpm

最大トルク:40.79kg-m(400N・m)/3,900rpm


※この世代のクーペはテールランプの形状がセダンと大きく異なり、伸びやかなラインがカッコいいです。


すっかり怖気付く私をよそに、新山さんは運転席、助手席、後部座席と座り心地をそれぞれ試し、トランクを開けて容量を確かめ、エンジンルームを開けては「おー」だの「ほー」だの言っています。一応、エンジンをかけさせてもらって、暖気を待ってからアクセルを吹かして見たりもします。


冷間始動からエンジンが暖まるまでは「ゴボボボボ」という詰まったようなアイドリング音でしたが、1、2分もすれば澄んだ音に落ち着きました。一応この型の冷間始動〜アイドリングの音をYouTubeで聴いてみましたが、こういうもののようです。ちなみにF30も同様です。


「見た目の凶悪さに反しM3は普通に乗る限りは普通の車」という営業さんの言葉を聞きつつも、正直、この車に乗って長距離をダラダラと突っ走るイメージが湧いてきませんでした。大排気量にもかかわらず「意のままに動くハンドリングマシン」とベスモで称されるM3です。やっぱりワインディングが好きな人の方が向いていそうです。


オープンからの乗り換えになるのでサンルーフの開口具合も確認しましたが、頭頂のやや後ろで開口が停まるので、開放感は物足りないところがありました。『M3』による運転席における精神的なタイト感もあったかと思います。


お店には一見にもかかわらず丁寧に応対いただきましたが、この日は辞して退店しました。



「いやー行ってほしいけどねM3ー」

「いやいやいやいやいや」


冷静になる為にコペンに乗り換えて、ルーフをオープンにして近所を流しながら、先程の振り返りを行います。


「おれが梁井なら絶対買ってるんだけどなーM3。どこがダメだった?」


ちなみに後日M3ではなくアルピナを買った新山に理由を聞いてみたところ、値段の他に『音があまり好みではなかった』と述べていました。騙しやがったな…。


「見た目の凶悪さと、大排気量ならオートマが良かったのと、屋根が開かないのと……。いろいろ相まって、『絶対にこれがいい』とまでならなかったからかな。BMWはいいなと思ってたけど、Mほど凶悪なやつは考えてなかったし。乗ったら楽しいんだろうけど、コペンから降りてまで買い換えるとなると、ちょっと……」


踏ん切りがつかなかった、というのが正直なところです。


「結局、一番の理由はオープンへの執着かも。こうしてコペンに乗ってみて思うけど、やっぱりオープンカーが日常からなくなって、平静を保てる気がしない」

「まあ、わかるけどね。でも、そこから離れるとまたいろいろ経験広がると思うよ」


ボボボボボ、とコペンがエグゾーストを奏でる交差点で、新山さんが何気なく発した上記の言葉は、最終的に私がオープンを降りてバカトルクセダンを買うに至った結構な後押しとなりました。


気に入ったツールをずっと使い続けるのも良いけれど、別の属性に切り替えることで、新鮮味を持って得られる知識だったり経験だったりフィーリングだったりは絶対に存在し、それを積極的に取りに行こうとすれば、人生の幅はより広がるだろうと……。さすが「理解りたい」という欲求の下に1年半で4台の車を買った男は言うことが違います。



今回のオチとして、新山さんはこの翌日、「M3のシートにスマホを忘れた」としてショップに再度訪れていた、という事実を書き添えておきます。

 

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※初訪問時、すでに冷静さを失っている図


本人は「本当に忘れただけ」と言っちゃいましたが、私は奴が、この頃から「あわよくば」と思っていたのだと信じて疑いません。


続きます。